長野地方裁判所 昭和60年(ワ)41号 判決 1986年9月09日
原告
依田健
原告
依田ミツエ
右両名訴訟代理人弁護士
和田清二
被告
野村恵二
右訴訟代理人弁護士
高井新太郎
被告
森智昭
被告
森昭七
被告
森樹
右被告三名訴訟代理人弁護士
戸崎悦夫
主文
一 被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、各金四九八万三九〇四円及びこれに対する昭和五八年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 申立
一 原告ら
「1 被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、金七一〇万四〇三二円及びこれに対する昭和五八年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 被告ら
「1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決を求める。
第二 主張
一 原告らの請求原因
1 交通事故の発生(以下この交通事故を「本件事故」という。)
昭和五八年七月三日午後五時四五分頃、長野市大字南長野西後町一五八〇番地先路上で、長野駅方面に向いて停車していた被告野村恵二(以下「被告野村」という。)運転の普通乗用自動車(以下「野村車」という。)が発進して右転回中、長野駅方面から善光寺方面に向いて走行してきた被告森智昭(以下「被告智昭」という。)運転の自動二輪車(以下「智昭車」という。)が野村車の左側面に衝突し、智昭車に同乗していた依田栄美子(昭和四三年七月一日生まれ、以下「栄美子」という。)が路上に投げ出されて第二頸椎骨折により死亡した。
2 原告らの地位
原告依田健は栄美子の父として、原告依田ミツエは栄美子の母として、それぞれ相続により栄美子の権利を承継した。
3 被告らの責任原因
(一) 被告野村は、野村車を右に転回させるにあたり、約四二メートル前方の対向車線上を走行してくる智昭車を認めたのであるから、同車の動静を注視し、場合によつては転回を中止するなどして智昭車との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたのに、これを怠り、漫然と野村車の転回を継続した過失により、直進してきた智昭車を野村車の左ドア部分に衝突させた。
(二) 被告智昭は、智昭車を直進させるにあたり、約四二メートル前方の対向車線上に右に進路を変えようとしている野村車を発見したのであるから、同車が転回のため自車車線内に進入することがないかなど同車の動静を注視し、減速するなどの措置をとつて野村車との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたのに、これを怠り、野村車が対向車線を進行して行くものと軽信し、漫然と智昭車を時速八〇キロメートルで進行した過失により、野村車の左ドア部分に智昭車を衝突させた。
(三) 被告森昭七(以下「被告昭七」という。)は被告智昭の父であり、被告森樹(以下「被告樹」という。)は被告智昭の母であつて、被告昭七及び被告樹の両名は、昭和四〇年八月一二日生まれで本件事故発生当時未成年であつた被告智昭の共同親権者として同被告を監護養育し同被告に自動二輪車の使用を許容していたのであるから、速度、前方注視などの面から安全運転を指導すべき義務があつたのに、これを怠り、被告智昭の運転を放置、放任していた過失により本件事故を惹起させた。
4 損害
(一) 治療費
栄美子は夏目病院において治療を受けたが、その治療費は二万二七二〇円である。
(二) 逸失利益
昭和五九年度賃金センサスによる全女子労働者の一八歳初任給の年額は一五二万五六〇〇円であるから、六七歳まで労働可能とし、生活費控除を三割として、ホフマン方式により中間利息を控除(ホフマン係数二二・五三〇四)して得られる二四〇六万〇六六四円が栄美子の逸失利益である。
(三) 慰藉料
栄美子本人の苦痛及び栄美子の両親である原告らの精神的苦痛を慰藉するには合計一二〇〇万円が相当である。
(四) 葬祭費
七〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用
原告ら両名で一二〇万円が相当である。
5 損害の填補
原告らは、本件事故に関し、自賠責保険から二三六七万五三二〇円の、被告らから一〇万円の各支払を受けた。
6 よつて、原告らは、それぞれ、被告らのそれぞれに対し、前記4の(一)ないし(五)の金額合計三七九八万三三八四円と前記5の支払額合計二三七七万五三二〇円の差額一四二〇万八〇六四円の二分の一である七一〇万四〇三二円宛の金員を、これに対する本件事故である昭和五八年七月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付加して支払うよう求める。
二 被告野村の請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。
3 同3(一)については、被告野村車を右に転回させたこと及び野村車の左ドア部分に直進してきた智昭車が衝突したことは認める。その余は争う。
4(一) 請求原因4(一)は認める。
(二) 同4(二)は争う。被害者が学生の場合、生活費控除は五割とすべきである。
(三) 同4の(三)ないし(五)の額はいずれも争う。
5 請求原因5は認める。
三 被告野村を除く被告らの、請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。
3(一) 請求原因3(二)については、被告智昭が野村車を発見したとの点は認めるが、過失は争う。
(二) 同3(三)については、被告らの身分関係は認めるが、過失は争う。
4 請求原因4の損害については、(一)は認めるが、その余はすべて知らない。
5 同5は認める。
四 被告野村の抗弁
被告野村は、前方約五〇メートルの信号機が赤色を表示していることから直進車がないことを確認して転回を始めたものであり、また、転回中に直進車である智昭車を認めたが、四〇メートル以上離れていたから、転回を続けても直進車の交通を妨げるおそれがなかつたものである。ところが、智昭車が時速九〇ないし一〇〇キロメートルの速度で走行してきて野村車の転回終了直後に同車に追突したのが本件事故であり、被告智昭の過失は被告野村の過失と対比するとき、同程度かあるいは被告野村の過失を上回るといえる。
栄美子は、智昭車の好意同乗者であり、経験未熟な運転者の運転する自動二輪車に同乗し、時速九〇ないし一〇〇キロメートルという無謀な速度で走行していたことを考慮すれば、過失の点につき被告智昭と同一の立場とも考えられ、賠償額の認定に際しこれを斟酌し減額するのが公平の理念に合致する。
五 被告野村を除く被告らの抗弁
栄美子は、免許を取得して間がなく経験未熟な被告智昭運転のオートバイによるある程度の危険を承知のうえで同乗していたものである。若年者の運転するオートバイの同乗が、その構造、運転技術等から、相当程度の危険性をもつことは公知であり、栄美子は、右の危険を被告智昭と共有中本件事故に遭遇したものである。
したがつて、被告野村を除く被告らが原告に対して賠償義務を負うとしても、公平の観点から相当程度賠償額の減額がなされるべきである。
六 被告らの抗弁に対する原告らの認否
栄美子が智昭車に同乗したのは、被告智昭が栄美子を自宅まで送ろうとしたからであり、栄美子が強いて送らせたものではなく、全くの好意、無償の乗車である。そして、被告智昭の速度の出し過ぎが本件事故の大きな原因であることは明白であるが、一瞬の出来事であつたし、後部に乗車していた栄美子が右速度過大につきなんらかの原因を作つたりこれを慫慂したものではない。
仮に、一般的に若者の運転するオートバイの同乗は危険であるということができるとしても、同乗したことはたかだか慰藉料の斟酌事由にすぎないものであり、本件の場合は右の斟酌がなされるべき場合にもあたらない。
第三 証拠<省略>
理由
一本件事故の発生
請求原因1は当事間に争いがない。
二原告らの地位
請求原因2は当事者間に争いがない。
三被告らの責任原因
1 請求原因3の(一)及び(二)すなわち被告野村及び被告智昭の各過失について検討すると、<証拠>によれば、原告らと被告野村との間で請求原因3(一)の被告野村についての注意義務とその懈怠を、原告らと被告野村以外の被告らとの間で請求原因3(二)の被告智昭についての注意義務とその懈怠をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。
2 被告昭七が被告智昭の父であり、被告樹が被告智昭の母であること及び被告昭七及び被告樹の両名が、本件事故発生当時未成年であつた被告智昭(昭和四〇年八月一二日生まれ)を監護養育し同被告に対し共同して親権を行使していたことは原告らと被告昭七及び被告樹との間において争いがない。
そして、<証拠>によれば、被告智昭は、昭和五七年二月に原付免許を、ついで昭和五八年一月に二輪免許をそれぞれ取得して原動機付自転車や自動二輪車を運転していたもので、同年四月には本件事故を惹起した自動二輪車(智昭車)を自ら購入して所有使用していたこと、被告智昭は、昭和五六年四月に長野中央高校に入学したが、同校は、生徒が学校側に無断で運転免許を取得したりオートバイ、バイク類を運転することを禁止していたものであるところ、被告智昭が許可なく原付免許を取得したため同被告を謹慎処分にし、更に同処分中にバイクを運転したかどにより同被告を停学処分としたこと、被告智昭は、元来規則に縛られず気ままに行動したがる性格であるところ、前記のような処分を受け、また学業も芳しくなかつたため通学の意欲を失い、昭和五八年四月前記高校を中退したこと、被告智昭は、原付免許取得後に免許証不携帯、一時停止違反及び無灯火の、二輪免許取得後に整備不良車運転の各反則行為をなし反則金を納付していること、被告昭七及び被告樹は、被告智昭が前記の各免許を取得し、原動機付自転車や自動二輪車を運転していることの認識はあつたが、被告智昭が高校在学当時これらの車両の運転に関して処分を受けたこと、前記のように反則金の納付を反覆していること及び自ら自動二輪車を購入所有していることは知らなかつたこと、被告昭七の被告智昭に対する車両の運転についての注意としては、交通法規は守れよと言うにとどまつていたもので、なお、昭和五八年四月頃からは被告智昭が親元を離れて兄の借家に寄寓することを許し、智昭車の使用態様を全く把握していなかつたこと以上の事実が認められる。
以上の諸事実からすれば、被告昭七及び被告樹は、被告智昭の年令、性格からして同被告が無謀運転、暴走行為に及ぶおそれが大であることを容易に認識しえたのであるから、日頃から具体的に安全運転につとめるべき旨を厳しく指導し、法令違反が繰返されたり危険な運転がなされている場合には車両の運転を禁止するなどの措置をとるべき義務があつたのに、これを怠つたため本件事故の発生を招いたものであることが明らかである。そうすると、本件事故当時被告智昭は一八歳に近かつた(正確には一七年一〇月)のであるから、同被告は責任能力を有していたと解されるけれども、被告昭七及び被告樹には前記のとおり親権者としての未成年者に対する監督義務の懈怠があり、右義務違反と本件事故との間に相当因果関係が認められるから、右被告に民法七〇九条に基づく不法行為が成立するというべく、この認定を覆すに足りる証拠はない。
四損害
1(一) 治療費
治療費(二万二七二〇円)の点は当事者間に争いがない。
(二) 栄美子逸失利益
栄美子が死亡当時満一五歳であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば栄美子は健康な女子であつたことが認められる。そうすると、栄美子は、満一八歳から満六七歳までの四九年間稼働しえたはずであり、年間平均、昭和五九年賃金センサスによる産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の年収額二一八万七九〇〇円と同額の収入を得ることができたであろうと推認されるから、これを基礎として、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を三五パーセントとし、ライプニッツ計算法により中間利息を控除して(ライプニッツ係数一五・六九五)死亡時における栄美子の逸失利益の現価を算定すると二二三二万〇四〇八円となる。
(三) 相続
前記のとおり原告らの地位は当事者間に争いがないから、原告らは、栄美子の父母として、同人の死亡により右(一)及び(二)の額の合計額(二二三四万三一二八円)の二分の一にあたる一一一七万一五六四円宛の損害賠償債権を相続により承継取得したものと認められる。
2 慰藉料
原告らが、ようやく満一五歳になつた愛娘の生命を奪われたことにより甚大な精神的苦痛を蒙つたことは明らかであり、本件事故の態様、特に栄美子は智昭車に同乗していたものであることその他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すると、原告らの慰藉料としては、それぞれ五〇〇万円をもつて相当とする。
なお、原告らは相続した栄美子本人の慰藉料をも請求するごとくであるが、本件においては、原告らは民法七一一条により生命を侵害された被害者の父母として慰藉料請求権を行使しているのであり、近親者が固有の慰藉料のみを請求した場合と相続した慰藉料請求権をあわせ請求した場合とで慰藉料額の総額に差異を生ずるいわれはないから、相続した栄美子の慰藉料請求権を行使する部分は排斥を免れない。
3 葬儀費用
<証拠>によれば、原告らによつて栄美子の葬儀がとり行われたことが認められ、前記栄美子の死亡年令及び<証拠>によつて認められる栄美子は中学三年生であつた事実を考慮すると、原告らが賠償を求めうる葬儀費用は、それぞれ二五万円が相当である。
4 小計
以上1ないし3として認定した損害の合算額は、原告らそれぞれにつき一六四二万一五六四円となる。
五被告らは、抗弁として、栄美子は智昭車に同乗していたことにより本件事故に遭遇したのであるから、公平の観点から、原告らの損害につき、いわゆる好意同乗者であることを理由とする相当の減額がなされるべきであると主張するところ、栄美子が智昭車に同乗していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、栄美子は智昭とはかねて異性の友人として交際していたもので、本件事故当日は他の男女の友人らと長野市中御所町所在の被告智昭の居室などで遊んだのち、同市上松所在の栄美子の自宅まで同被告に送つてもらうべく智昭車に乗車したものであることが認められる。
しかしながら、本件の全証拠を検討しても、栄美子が被告智昭に対し智昭車に同乗させるよう強要したり、強要に至らないまでも気のすすまない同被告に乗車させるよう慫慂したりしたこと、あるいは、本件事故の原因のひとつである智昭車の速度の出し過ぎにつき栄美子がその誘因を作つたり、これをとどめることが可能であつたのに怠つたことなど智昭車への同乗若しくは本件事故の惹起に関し栄美子が積極的に関与したこと又は栄美子にとがむべき不作法があつたことなどのいずれについてもこれを認めるに十分な証拠はない。
したがつて、本件の場合、栄美子がいわゆる好意同乗者であつたとの事実は、慰藉料の額を判断するにあたり斟酌されるべき事情のひとつであるにとどまり、独立した、損害全部についての減額事由にはあたらないといわざるをえない。
六原告らが自賠責保険等から合計二三七七万五三二〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、右支払により原告らの損害は平等の割合で填補されたものと推定される。
したがつて、前記四4の小計の額から右支払額の二分の一にあたる額を控除した四五三万三九〇四円が原告らそれぞれの未填補損害額となる。
七弁護士費用
原告らが本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の難易、審理の経過、認容額等に鑑みると、本件不法行為と相当因果関係のある損害として原告らが支払を求めうる弁護士費用は、それぞれ四五万円が相当である。
八結論
以上のとおりとすれば、被告らは、各自、原告らのそれぞれに対し(被告ら相互の関係は不真正連帯債務と解される。)、前記六の未填補賠償額及び前記七の弁護士費用の合算額である四九八万三九〇四円宛の金員を、これに対する本件事故の日である昭和五八年七月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付加して支払う義務がある。
よつて、原告らの本訴各請求は、いずれも、右の限度で理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官秋元隆男)